青年建築士の集い(中標津大会)ワークショップ記録 平成18年5月20日
ワークショップテーマ:「今後自分達が行ってゆきたい集い」
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グループ名:A |
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参加者 TM 神田 光英(十勝) Y.M(札幌) H.Y(恵庭) S.K(宗谷) K.A(北空知) H.S(釧路) H.K(中標津) S.S(紋別) |
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全道の青年が集まる貴重な場なので今後も継続して行って行くべき。 継続は大切な事で、一度止めてしまってからもう一度一から始めるのはかなり難しい。 |
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全国大会の地域実践活動報告予選にとらわれるのではなく、発表の場は設けるべきである。 全国大会への代表と考えると構えてしまう。 |
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継続中(進行中)の事業でも発表し、他支部の意見をもらい参考にさせていただく。 |
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地域実践活動報告は隔年にしてはどうか。少人数の支部では毎年は難しすぎる。 |
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小規模な支部では、集いで大きな刺激を受けている。 |
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毎回参加者が同じ人になってしまいがちなので、新人にまずは一度参加することを勧める。 強引にでも連れて行く(補助を出す)。 |
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青年建築士の集い(中標津大会)ワークショップ記録 平成18年5月20日
ワークショップテーマ:「今後我々が求めるべき集いのあり方」?
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グループ名:B |
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参加者 TM 小町美穂(札幌) T.A(宗谷) T.A(名寄) S.M(釧路) M.S(中標津) K.T(十勝) K.Y(根室) |
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他の支部との交流も含めて継続したほうがいいと思う。 |
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他の支部からの刺激を受けられる場は必要と思う。 |
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集いで選抜されて全国大会に参加したので、よい経験になった。大勢の人の前で発表する機会はあまりないので、仕事にもつながり良かった。 |
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全国大会の屋台形式(cpdなど)は見直したほうがよいと思います。 |
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青年建築士の集い(中標津大会)ワークショップ記録 平成18年5月20日
ワークショップテーマ:「今後我々が求めるべき集いのあり方」?
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グループ名:C |
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参加者 TM金谷 祐(小樽) M.M(空知) K.M(日高) M.S(室蘭) T.S(旭川) Y.T(上富良野) T.I(釧路) T.S(十勝) |
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各支部で行っている活動の報告は必要。ただ、報告の方法としては、今までの発表ではなく違った方法で行ったほうがよい。 |
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連絡会議、集い、全道サミットと年3回全道の仲間が集まる機会があったが、もし集いがなくなり年2回の集まる機会のうちどちらかで報告会を行うことになってもやもえない。 (開催支部や青年委員の負担を考慮) |
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他支部の活動は、自分の支部の活動の参考になっている。 他のまちづくり団体との交流の場としてもよいと思う。 |
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せっかくいろんな町で集いを開催するのであれば、その町の良いところ、悪いところをデジタルカメラで撮って歩き、参加者で検証し、その町のまちづくりに役立ててもらう。 |
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集いで発表するための地域実践活動が今でも継続させ、各地域の建築士会としての存在をアピールしていると共に、その地域にいろいろな形で貢献してきているのだと思います。 今後、「ぜひとも自分たちの活動と成果を報告させてほしい」となるような集いになればよいと思う。 |
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青年建築士の集い(中標津大会)ワークショップ記録 平成18年5月20日
ワークショップテーマ:「今後我々が求めるべき集いのあり方」?
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グループ名:D |
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参加者 TM 熊谷 智(苫小牧) T.K(小樽) T.A(恵庭) H.T(名寄) N.O(釧路) K.S(中標津) T.T(中標津) S.K(北見) |
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自分たちの支部以外の活動を知ることは、支部活動の活性化となる。 |
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集いは楽しめるように参加することがよい。 |
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活動型の集いがあってもよいのではないか。 |
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支部青年部の人数が減ってきているので大きな事業(地域実践活動)ができなくなってきている。 |
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全国大会に行きたいという意欲が大事ではないか。 |
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建築だけの活動ばかりではなく、まちづくりの活動でも実践活動とすべき。 |
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集まることが大事である。 |
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青年建築士の集い(中標津大会)ワークショップ記録 平成18年5月20日
ワークショップテーマ:「今後我々が求めるべき集いのあり方」?
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グループ名:E |
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参加者 TM:本間宏明(旭川) H.T(千歳) A.T(小樽) A.M(根室) 書記:T.Y(十勝) 発表者:H.T(上富良野) |
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・「集い」で討論・議論したことの宿題を各支部に持ち帰り、参加出来なかった青年層と情報を共有し問題解決にあたる。又、この結果を次回の「青年連絡会議」や「集い」での議題にして継続して問題解決を行う→一度だけの問題提案を参加者だけで議論し、各支部に事後報告を行うだけでは問題意識が希薄する恐れがある。又、参加者が固定化されてきている中で「集い」が形骸化してしまう。 |
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・青年委員会を中心に道内各支部での統一活動をひとつ決めて、それに対する各支部の実践活動報告の発表を「集い」で行い、ひとつのテーマの実践活動を検証する。→各支部の規模や環境が異なる中で視点の異なる活動方法(ツール)から諸問題解決に向けたアイデアを探求する。 |
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・地方の支部が「青年建築士の集い」を企画・運営することは難しいが、これを機会に企画力UPが図られ又、支部内部の結束が高まるので、形態は変わったとしても今後とも継続を望む。又、発表する側にとっても、大勢の前での発表する機会が増えプレゼンテーション能力向上にもなる。 |
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・「青年建築士の集い」には会社に休暇をとって参加している。「集い」の有意義さは個人的には感じているが、「集い」の内容だけでは会社に報告しづらく理解がされない。→北海道建築士会の会員・準会員にも有意義な活動・情報提供が必要である。(企業が求めるような研修としての位置付けが必要ではないか) |
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・「青年建築士の集い」は全国大会地域実践活動発表支部選抜の場としての位置付けが、屋台形式になったことを考えれば変わっても仕方ないが、各支部の実践活動発表を聞くいい機会なので存続させるべき。新規参加者にとっては新鮮で他の支部活動が分かり有意義である。(HPでの閲覧だと親近感がなく画一的な伝わり方になる) |
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・「青年建築士の集い」のコンテンツである研修の部分には、参加者全員による討論・議論があってもいいと思う。意識も上がり積極的に参加することが出来る。参加者は最低一言発言する努力 が大事である。ワークショップは本当に必要な手法か再検討をしてみる。 |
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・「青年建築士の集い」に一般市民も参加出来るものはないか。セミナーや討論会、又は開催支部でのボランティア活動等。全道から集まるヒューマンメリットを活用すべきである。 |
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・懇親会での余興は何であれ必要である。→他支部の仲間と交流が出来、初参加者にとっても名前を覚えることが出来る良いきっかけとなっている。余興は中身が問題である。又、懇親会では昼間の議論が再熱出来るような環境も必要では。膝をつき合わせて夜通し議論をする仲間がいるなんて、ちょっと格好いい。 |
青年建築士の集い(中標津大会)ワークショップ記録 平成18年5月20日
ワークショップテーマ:「今後我々が求めるべき集いのあり方」?
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グループ名:G |
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参加者 TM 福澤広一(室蘭) M.T(空知) T.H(日高) H.H(北空知) K.M(中標津) M.I(中標津) T.K(美幌) |
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一度止めてみる。→また、原点のように何かやろうと声が上がったら(きっと上がるはず)再開する。 |
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必要性が無いなら無理に開催する必要は無い(止めてしまえばいい)。 |
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活動報告を発表する立場ならネタ切れ(同じ発表)でも初参加者等は新鮮だし、分会等、人手の少ない所は活動のヒントにもなるし続けてほしい。 |
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活動報告の発表は支部などの団体に限定せず、個人の作品などの発表の場でも良いのではないか(パネル展示等)。 |
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開催支部の大変さはあるが、結束を固める良い機会になった。 |
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集いは、小規模な支部にも活動のヒントを与えてくれる場ではないか。 |
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活動報告の発表だけならホームページに載せるなど方法はいくらでもある。でも、全道から集まって交流を図る場でもあり、一緒に酒を呑んで出来る友達やその中で得られる情報はネットだけでは得られない大切な宝になる。 |
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青年建築士の集い(中標津大会)ワークショップ記録 平成18年5月20日
ワークショップテーマ:「今後我々が求めるべき集いのあり方」?
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グループ名:I |
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参加者 TM 田中啓樹(千歳) Y.M(空知) M.S(室蘭) M.H(旭川) T.T(名寄) S.I(中標津) N.S(中標津) M.I(中標津) H.T(美幌) |
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本日の旭川支部の発表については、もっと時間を取ってじっくりと聞きたかった。また、質疑応答などで、内容を掘り下げてみたかった。そうすることで、情報を共有することができるのではないかと思った。 |
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発表するためにという理由で新しい活動を無理に見つける必要はないと思う。 |
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テーマを決めてしまうというのも一つの手法ではないか。 |
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市民を巻き込む(外部へのアピール)ことも必要ではないか。 |
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集まって、議論をするということ自体に意義があるのではないか。 |
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身近な題材を取り上げて、目線を下げることで参加しやすくなるのではないか。 |
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集いは、小規模な支部にも活動のヒントを与えてくれる場ではないか。 |
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ゲーム感覚(楽しさ)を追求してもよいのではないか。 |